暁さんが大好き
この気持ちをセーブせず伝えてる。
会えないから寂しいけど
大好きなのは変わらないから。
好き、を渡せるのは幸せだなーと思ってる。
恋心も、お慕いする思いも、渡すことを許されない関係なら私はバラバラに壊れてたと思うから。
手を取る相手を間違えないで良かったと思う。
嗜好と思考の相性は大切だったと再認識する。
加虐と被虐の方向性が異なるのに
SMパートナーになったところで不幸の始まりだろうと思う。
苦痛が好きなSと羞恥が好きなM
苦痛が好きになることは出来るかもしれなくても
好きな羞恥が味わえなかったら抑圧して我慢するだけになる。
私はある意味開発途上というか、加虐を受けることはあっても主従は初めてで
どんな行為も中途半端な体験しかしてない。
これは好きだった嫌いだったと問診の様に聞いてくれた暁さんに
嗜好が合うよといわれて無自覚ではいたけど
「これだけ聞いてくれてそう思ったんだから大丈夫」
と思って委ねたら痛みにたいしての感覚やリスクの取り方などは本当にピッタリだった。
そして、思考も
黙れと言われて黙ることができる女じゃないのは知ってて暁さんは声をかけてくれた。
ほんっと出会い厨うざっwとか某SNSで女性参加者さんとケラケラ笑ってるのは知ってたはずだから。
そんな私を抑制しないし心を押さえつけることはしない。
「灯里は灯里で居ればいい」と受け入れてくれてる。
のびのび系でなければ私は窒息死してたはずだ。
この二つが合う相手のそばを離れる選択肢なんて、ない。
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